苺

葡萄は酸っぱいのである。いや、酸っぱいのは葡萄だけではない。おおよそ果物と呼ばれる食物は須らく酸っぱいに違いないのである。そう嘯くと「なにほたえてんねん、あほんだら」とお叱りを受ける。お叱りごもっともなれど、あなた、それが本当に酸っぱいかどうかは、物理の設問の常として摩擦は無いものと仮定するのと同様に、問わないことにしてもいい。これは、論を始めるにあたり、あたしが進んで差し出すところに譲歩であるからして、以降はこの件について詮索することをきつく禁じておく。よいか。では、この際の論点はなにか。それは、何故にして、このあたしが果物が酸っぱいと嘯かねばならないかである。考えてもみなされ、若者よ。其方が苺を買い求めんとして、苺屋に赴いたとしよう。透明のプラスチックトレイに並べ重ねられ上からセロハンをかぶせてある所の苺を、其方が手にしたとしよう。さて、セロハンの上から確認できるところの苺は、赤く、艶めかしく、あるいは甘いかしらんと思わせぶりであるが、その下に積み重ねられておるところにそれはどうか、愛しく捧げかえり、さて賞味せんと上の苺を取り上げると、はて、押しつぶされた瘢痕, 黒変, じくじくと滲み出す汁をそこに見つけなば、おのれ、悪徳苺屋、たぶらかしよったか、と頭髪どころが頭皮までも掻きむしらんばかりの悔しさに、仕事は手に付かず、さりとて納期は迫り、客からの矢の様な催促の電話がじゃんじゃん鳴り響き、ますますもって仕事どころではなくなり「納入して貰えへんのやろ、そやさかい、わても支払いようしませんがな、あんた」と客に突き放され、やがて、平生より生命を維持せんと食しているところの米, 饂飩, パスタ等の澱粉質を購入する為の幾許かの金銭を代価として受け取ることも能わぬよな体たらく、果ては、店賃にも事欠くようになれば、往来で寝起きせざるを得なくなり、さすれば身も心も荒み、悪徳苺屋がはびこるような世間が悪いのだと逆恨みをし、往来でよからぬことをしてしまいかねないのである。かかる理由があって、あたしは、果物はあまねく酸っぱいのだと嘯かねばならないのだ。と、先程となりの輩に滔々と説明してやったのである。すると不埒にもこやつ「お前、ほんまは苺怖いんやろ、な」と、擦り下がった眼鏡から覗き上げる様にして暴言を吐きやがりよった。あほんだら、苺ぐらいなんでもんあらへん、そんなもんかんけいない、お天道様に賭けても自明や、あたりきしゃりきやんけ、なんぼのもんじゃい、こないなったら。こましたる。食うてこましたるんじゃ、われ。苺を。