ダイバー

こちらの職場では追い込まれると、ダイバを頼むことがある。会議室のソファーで仮眠をとり、その間にダイバの方に同調してもらう。同調が上手くいくと 15 〜 30 min 長くても 60 min 程度ですっきりと目が覚め、再び仕事に戻れるし、そのまま 2 〜 3 日は睡眠を摂らなくても、効率を落とさなくて済む。何故ならば、その間、レム睡眠の部分をダイバの方に肩代わりして貰うので、肉体的な限界が来るまでは睡眠をとる必要がなく、覚醒状態を保てるからである。

ダイバを頼み始めてから概ね 3 年程になるので、最近はトラブルは発生していないが、それでも時折、監視員が同僚をモニタの前から引き離すのを目撃することがある。レムがリークした兆候があるのだという。初期の頃にはそう言ったトラブルがよくあったし、それに気がつかないで危険な事態に陥ったこともあった。

ダイブを頼む方も頼まれる方も生身の人間である。できれば好感をもてる人にダイブして貰いたいし、されたいと考える。ただ、問題なのは、金銭の授受の関係上ダイブを頼む方の意向が通り易く、好みのタイプの異性ダイバを強引に指名することが多々あったことだ。 (スケベおやじどもめが…) しかし、この場合、身体的イメージが異性間で異なることが決定的な問題となる。具象的な身体イメージであればダイバの方も避けることが出来るが、根源を身体的なものに負っている抽象的なイメージの断片が徐々にダイバの方に流入していき、それがある程度量のまとまった段階でなんらかの記号に化けた場合、ダイバ側が処理しきれなくなり、レムが逆流するらしいのだ。

以前、馴染みのダイバ、斉藤氏 (仮名) にそれとなく聞いたところ、通常、自分自身に関係するイメージであれば、どんなに理論的な破綻がイメージの中にあっても、それはそれで納得してしまうし、それはそれを形成している細部に於いて、既に破綻していることを本人が十分に了解しているからこそであり、イメージは元来そう言う類のものなのだけれども、巧妙に抽象化されていて、咀嚼を見過ごしていた客のイメージの断片が寄り集まって突然強固な記号に化けてしまうと、感情的な拒絶が先立ち、拒絶した記号を客に逆流させてしまうこと、そして逆流させた記号は、往々にして、客自身を誤魔化す為に分散しておいたはずのソレであったりするらしいのである。そして、異性間のダイブの場合、身体的なイメージが異なるので、それはダイブした側には不快感を呼び起こし、いきなりダイバが吐いてしまうこともあるそうだ。また、不快感から逃れようとする感情がレムを逆流させてしまう。しかし、逆流させたものが客の側での具象的な欲望だったりするらしい。

では、異性間ではダイブできないのかと、斉藤氏に聞いたところ、一度その様な体験をすると、紛れ込んでいるそれを嗅ぎつけることができ、嗅ぎつけることができるようになると、慣れることができ、そして、次第に理解できるようになるとのことである。そして、斉藤氏が言うには、客の側から薄っぺらな日常の残滓しか流れて来ないときの方がよっぽど怖いとのことであった。

今日、ちょっとしたトラブルがあった。こちら側の監視員が先にそれに気がついた。同僚の西中氏 (仮名) がとっくの昔に完成させていたはずのコードを画面に出しては、先頭から delete key で消しまくっていたらしいのだ。それも 2 hr の間、延々と。業者側の監視員が会議室にかけ出して行きダイブを停止させ、そして西中氏の salvage に成功し事なきを得たが、どうも、西中氏についていたダイバが新人さんだったらしく、レムと勘違いしてコードを吸い出していたらしいのだ。今、上司が業者と交渉しているところである。が、ちゃんと backup をとっていたんだし、 salvage にも成功したのだから、文句を言うほどの損害は無いはずである。騒ぎ立てて、一体何をアピールするつもりなんだ、おやじ!