ATM

そのおばはん、よっぽど ATM が気に入りよるんか、なんどもなんども ATM に喋って貰いよんねん。 ATM に喋ってもうたかて、なんも面白ないやろ、ほたかて、せんど ATM に喋って貰おても「恐れ入りますが、もう一度最初から…」しか言いよらへんやろ、なにが面白ろうて ATM に、こないにぎょうさん喋らしよんねん。そないに喋ってもうたかて、出てくるおぜぜ決まっとろうに、なにさらしとんじゃ、おばはん。と、なにもわてだけが思もてたわけやないし、そやし、わての前の前にならんどる、おばはんかて、さいぜんからその ATM に喋ってもうてのおばはんに「ちょっとあんた、わからへんかったら横の受話器とんなはれ」とか言うてやし、わての前の前のおばはんかてそない思とんやから、わての前におる兄ちゃんも、きっと同じ事おもてやで。

おばはんもおばはんや、後ろに並んどるおばはんに「受話器とれ」ゆわれただけで、なにびびりよるねん。おたおたせんとさっさと受話器とらんかい。そうせんと、後ろのおばはんますますいきりよるで。ほら言わんこっちゃない。後ろのおばはん、このあと買い物とか、釘沼屋のタイムサービスが、とかなんちゃら言いより始めたで。というか、わての前の前のおばはん、釘沼屋のタイムサービスとかなんとか言うても、かんけあらへんがな、おばはん、あんたもしゃべらんとき、うるさいよってに。

「恐れ入りますが、もう一度最初から…」って、ほれみ、前の前のおばはん、とうとう切れよったで、 ATM のとこにつかつか歩いていって受話器とって ATM 好き好きおばはんに渡しよった。で ATM 好き好きおばはんが受話器になんかごにょごにょ返答して、ちょっとましてから、奥の通用口みたいなとこから、おっさんがでてきよった。

「おほん、しつ、ごほほっ、失礼ですが、ごほっ、あずけ、ごほほっ、預け入れで、おほあん、おっほん、でございましょうか」っておっさん、肺か? 肺があかんのか? 「さっ、さようで、おっほん、ござい、おっほん、ま、ごほごほ、すか、では、まず、ごほっ、画面の、んんんん、この、おほんおほん、ごほ、げほげほげほげほ、し、失礼、がはごほっ」

やっかいやな、おっさん、おっさん、もうちとちゃんとできんのか、 ATM おばはんかて、めぇむいて困っとるやんか。あかん、前の前のおばはん、釘沼屋のなんちゃらとか喚いてでていきよった。あかんがな、最近のおばはん、こらえしょうがないで、あんたら、どないな親にそだてられたんや、ええっ? とか愚痴りたくもなりま、あたいらも。

「ですから、んんっ、金額を、ごほん、画面の、おっほん、いえ、そうではなく、ごほっ、つまり、ごほっ、おっほっん、そう、がががっ、その、確認の、ごほっん、ぼ、ごほっ、ボタンの、ごほっほほほん、ごへほへ」

へてからキシャッっとシャッターの開きはる音がしよって、「えらいおおきに」とかおばはんが言い、おっさんも「おみおみ、がっ、ぐるしい、ごほっ、ところ、がほっお、めにかけ、ぐはっ、しつ、がはっ、」とか、わけわからんこと言いながら、背中、どつぼ踏んだみたいに曲げて通用口のなかに消えていかはった。

これでやっとこさ、兄ちゃんの番やで、兄ちゃん、ようがんばりはったなぁ。最近のおばはんとか、あないな感じやし、おっさんかて、あてならへん。そうやって、辛抱強い兄ちゃんがおるさかいに、世の中がなんとか動いてはんのや、えらいで。

と、あたいの番は次の次やさかい、と思うと、せいてせいて。そやかて、おばはん、なんで ATM の前で札数えてんねん。そないに ATM の前、どくのいやなんかいな、わざとから指ぶるぶるさして、ゆっくり札数えはってからに、それも二回も。

やっとこさ、おばはん札数え終わって、丁寧にきんちゃく解いて中から輪ゴム取り出して、それで、さいぜん、 ATM から出した札、丸めてゴムでグルグル巻にして、ぐしゃぐしゃのスーパーマーケットの袋のなかにつっこんで、きんちゃくにつっこんで、へてから、念入りに巾着の紐、引っ張ってでていきよった。

ようや、兄ちゃんの番やな、よかったな、と思てたら、パタコンって ATM から音がして、なんや、さっきまでの「取扱中」ってグレーに白い字の板が、赤に黒の字の「停止中」の板に変りよった。ほたら、兄ちゃん、おっさんが消えていかはった通用口とこ行かはって、ゴンゴン、たたきよった。そらそや、まだ閉める時間になってしまへん。勝手に「停止中」とか言われたら、コチンときますわな。そら、中の人も出て来て説明の一言でも言わなあかんやろて。けど、いっこうに、なかから出てくる気配はおまへんなぁ。兄ちゃん、もう一回、ゴンゴンしまっか？やっ、兄ちゃんもとうとう腹すえかねはったんやろ。ガコ〜ン〜ン〜ン〜ン〜ン〜ンってこだま響くほど通用口蹴飛ばしてでていかはった。

どなんしよ、どんならんがな。あてかて、今日、おぜぜ引き出しとかなあかんねん。もうちとまってたら、さいぜんのおっさん出てくるかもしれへん。まっとこ、と思てたら、ガチガチ、通用口が開きよった。そやけど、おっさんと違う。制服着はった、でっかい、がら悪そうなおっさん出てきはった。けど、聞いてみたろ、「もうおわりでっか?」

「終わりでっか、や、あらへんがな、元気が良過ぎるのも考えもんやで」「えっ」「えっ、やないやろ」「なにがでっか」「なにがやあらへんが、元気が良過ぎるのも考えもんやでって言うとるんや」「そやかて、あてがなにが」「あんたなぁ、おとなしいに言うとるのに」「えっ」「えって、あんた、とぼけてもあかんがな、なっ、おとなししとき」「おとなしって、わて、何もしてまへんがな、わて、おぜぜおろしにきたんや、まだ時間やないやろ、そやけど、なんで停止中になってまんのや」「停止中かどうか、それは関係ない、停止中や言うても、あんたが元気だす必要もないやろ、なっ」「ちゃいまんねん」「ちゃいまんねん、やない、なっ」「そやし」「そやし、やない、なっ」「…」「元気出すんやったら、自分の家で元気だしはったらええ、なっ、今日は帰り」「帰り、ってなんやねん」「なんやねん、ちゃう、なっ、帰り」